コナミのファミコンソフトが好きだった


私はコナミファミコンソフトが好きだった。特に1980年代後半、家庭用ゲームソフトの開発技術が成熟し、各社から面白いソフトが次々と登場するようになったころ、その中でもコナミが作るファミコンソフトのクオリティーはトップクラスだった。

ファミコンの醍醐味のひとつが、「カートリッジの中に拡張チップを入れることで、ファミコンの性能の限界がどんどん上がっていく」という点にあった。メモリ、グラフィック、のちに音源までも強化する拡張チップの使い方が、コナミは競合他社と比較しても本当にうまかったと思う。

1988年の『魂斗羅』(VRC2)や『グラディウスII』(VRC4)といった作品を経て、満を持してVRC6チップ入りで発売された『悪魔城伝説』(1989年)は、いま見てもファミコンとは思えない作品だ。特に、拡張音源と内蔵音源を駆使して演奏される音楽には本当に驚かされた(テレビにイヤホンを差してサウンドテストで延々聴いていた)。「主人公に加えて3人のサブキャラクターからひとりを選び、切り替えながらルートを分岐して様々なステージを攻略していく」というスケールの大きいゲーム内容も含めて、ファミコンの限界を突破した破格の作品だったと思う。

ところで、1989年当時の『悪魔城伝説』のテレビCMをYouTubeに載せている方がいた。CMを見てみたところ、「VRC6+3M+64KSRAM搭載」とはっきり書かれていたのにはちょっと驚いた(今のゲームソフトではあんまり見たことがない)。

ソフトの中に入っているチップの名前やROM容量といった情報そのものが、当時のファミコンユーザーに対してセールスポイントになっていたと同時に、すでに登場していた高性能な次世代機(PCエンジンメガドライブ)を踏まえて「旧世代のファミコンソフトだけどカセットの中では色々工夫してますよ」というアピールもしておきたかったのではないかと思う。

ファミコン時代のコナミは、高い技術と執念がなければ作りようのない大作ソフトをいっぱい生み出した。ところが、先日のあの記事によると、コナミ上月会長は「(ゲームの)イメージが良くなく子供にも自分の職業が言えなかった」とおっしゃっていたという。いいゲームソフトを量産したあのコナミのトップの発言としてはものすごく意外だった。

でも、テレビゲームが大してお好きでもなかった上月社長(当時)がトップに立っていたからこそ、あの数々の名作があったのかもしれない。中途半端に好きなぐらいなら、かえって嫌いだったり興味がなかったりするほうが、経営者としては正しい判断が下せる、みたいな。もし上月社長が無類のゲームマニアだったら、『悪魔城伝説』も『魂斗羅』も『魍魎戦記MADARA』も『ラグランジュポイント』も存在していなかったかもしれない。そうか?

悪魔城伝説

悪魔城伝説