『L.A.ノワール』が予感させる「俳優受難」の時代

テイクツー・インタラクティブ・ジャパンPS3Xbox 360■2011年7月7日発売■ クライムスリラー ■ 7,770円(税込)■★★★★★
第二次大戦後のロサンゼルスを舞台に、元軍人の刑事・フェルプスを操り、次々に発生する事件を解決していく推理アドベンチャー。実在する俳優のあらゆる表情を精密にキャプチャすることにより実現した、容疑者尋問シーンの駆け引きは一見の価値あり。

本年の超大物物件のひとつ、『L.A.ノワール』がようやく発売となった。ゲーム内容に関してはもう色々なところで言及されているので書かないが、ゲームとしては確かに画期的だし面白いものの、個人的には同社の『グランド・セフト・オート』シリーズや『レッド・デッド・リデンプション』の方が「ゲームとしては」面白かった(開発元は違うけど)。 しかし、「俳優の演技」という一点に関しては、過去のどのゲームや映画作品もかなわない偉業をなしとげてしまっている。


本作のために作られた新技術「MotionScan」は、32台のカメラで俳優さんの表情をキャプチャするという。顔の動きを捉えるフェイシャルキャプチャ技術自体は珍しくないが、今回の『L.A.ノワール』はその物量と精度という点において、過去に類を見ないレベルということらしい。この技術がゲームの面白さにどれほど貢献しているかはともかく、ゲーム中に見ることのできる人物の表情のバリエーションと自然さは本当にすごいとしか言いようがない。


で、様々な俳優さんの大量の演技キャプチャデータがどんどん蓄積されていき、MotionScan技術がこれからますます進歩していくと一体どうなるのか、勝手に想像してみた。


これまでのゲーム作品や、あるいは『アバター』のような映画作品の場合だと、一本道のストーリーのために必要とされる演技モーションは、そんなに多くないと思う。しかし、今回の『L.A.ノワール』の場合、プレイヤーは容疑者の微妙な視線や眉の動きといった表情の変化を手がかりに、容疑者のウソを見破る必要がある。そのため、あらゆるゲームの展開を想定して、喜怒哀楽を含む俳優さんの多岐にわたる芝居のパターンを大量に、しかも超精密にキャプチャしているわけだ。特に、主人公の俳優さんは収録に80時間もかかったという。
たとえば『アバター』の俳優さんがあくまで「特定のシーンの演技データ」だけを提供しているのに対して、『L.A.ノワール』の俳優さんは下手すると「クローン化した自分自身」を提供している、という感じさえする、と言ったらちょっとオーバーだろうか。しかも、本作ではすでに400人以上の俳優さんをキャプチャしたらしい(俳優のユニオンとは一体どんな契約を結んだんだろうか)。

確かに今回の作品は、基本的には「キャプチャしたモーションと台詞を、シチュエーションに応じて垂れ流す」という造りになっている。でも、キャプチャされた様々な俳優さんの膨大な演技データを分析していくうちに、「演技とは何か」みたいな抽象的で複雑な話が、全身の芝居から眼球の動きに至るまで数値化されていったら面白いなあと思う。
私は芝居のことは何も知らないが、スタニスラフスキー・システムとかメソッドといった演技の方法論がA.I.的な形でデジタイズされて、何なら開発ツールのプラグインの一つになったりして。もはや新たに俳優のキャプチャ作業を行わなくても、特定の名優の芝居を3D空間でシミュレートできちゃったりする。「このシーンのこの人物が怒る芝居はロバート・デ・ニーロ7割とクリストファー・ウォーケン3割で」みたいなパラメータをプルダウンメニューで一発設定するだけで、デジタル俳優が怒る場面のできあがり、みたいな。よくわからないが。


こうしてデジタル俳優の芝居がA.I.化してどんどん上手になっていくと、生身の俳優さんが割を食うことになる。そして、仕事が減った俳優・女優の方々が、全身にキャプチャマーカを付けまくり、「生身の芝居だけが人の心を動かす」と書かれたプラカードを持って、ロスの大通りをデモ行進するわけだ。しかし、そのデモに参加しなかった一部の俳優さんはこっそりゲーム会社のA.I.開発部門の面接を受けに行ってたりして。


俳優さんも大変ですなあ。
って、くだらない妄想はこのくらいにしておきます。すいません。



ゲームの中で小事件を解決したあと、車から降りて1947年のロサンゼルスの美しくもゴミゴミした町並みを眺めていたら、海の向こうの日本では朝のテレビ小説「おひさま」の世界が同時に進行していることに気づき、不思議な気分になった。ロスでは普通に路上でホットドッグか何かを売ってるのに、丸庵(主人公・陽子が嫁いだそば屋)では物資不足のためにそばも出せないのである。
それで思ったんだけど、松本清張版『L.A.ノワール』。無理は承知ですがどうでしょうか。舞台はもちろん日本。「黒い画集」あたりをベースにしつつ、戦中〜戦後をまたにかけた脚本を(『ドラクエ』の、ではなく)『オホーツクに消ゆ』の堀井雄二さんに、制作は小島秀夫監督の小島プロダクションにお願いしたい。主人公で元軍人の刑事は大地康夫さんで。

黒い画集 (新潮文庫)

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