任天堂の動画政策と「老夫婦コンビニの焼きそば」




かれこれ20年ぐらい前。私の家の近所に、老夫婦が経営するコンビニがあった。大手コンビニのフランチャイズではなく、経営者が自分で仕入れから販売までを行うお店だった。今にして思えば「コンビニ風の雑貨屋」に近かったのかもしれない。
いちばん近いコンビニがそこだったので私はけっこう通っていたのであるが、行くたびにいつも気になっていたのが「焼きそばの種類が多すぎる」ということである(カップではなく、レンジで温めるタイプ)。種類が多いといっても「ソース焼きそばも塩焼きそばも海鮮やきそばも置いている」ということではない。「××フーズの焼きそばも△△食品の焼きそばも□□製麺の焼きそばも置いている」ということである。
たとえばセブンイレブンであれば、「セブンイレブンソース焼きそば」だけが棚に置かれているはずだが、この老夫婦のコンビニの棚には、味も具の量も麺の種類もソースの色もパッケージの大きさもばらばらの、仕入れ先の異なる様々な会社が作って出荷した「ソース焼きそば」がいくつも置かれているのだ。ぶっちゃけて言えば、有り難みの薄い選択肢である。
当時の友人にこのことを話したら、「あの老夫婦はいい人だから、きっと売り込みを断れないんだよ」と言われた。そして、あの品のいい老夫婦のことを思い浮かべて、確かにそうかも知れないと思った。なるほど、別に老夫婦が経営下手だからではないのだ、と。いろんな食品会社の営業のセールスを断りきれなかった結果が、あの無意味なまでのソース焼きそばの品揃えだったわけだ。
私は、このコンビニも、経営者である老夫婦も、そして焼きそばという料理も好きだったので、この店で何度となく焼きそばを買った。しかし、どうしてソース焼きそばが意味もなく何種類もあるのか、どうしてソース焼きそばのチョイスに逡巡しなければいけないのか、といった不毛な疑問はぬぐえなかった。
さらに言うと、この店の焼きそばはもれなくすべてまずかった。あの老夫婦は、複数の焼きそば業者をコンペにかけて、まずい焼きそばを納品する業者を追い出せば良かったのかもしれない。それができるくらいならとっくにやっていたんだろうけど。


話は変わって、7月13日にサービスが始まった『ニンテンドービデオ』である。
ニンテンドービデオ|ニンテンドー3DS|Nintendo

ニンテンドービデオ』は、『いつの間にテレビ』と同じように、いつの間に通信を使って、任天堂がおすすめするいろいろな映像を受信し、視聴することができるソフトです。

現在、ニンテンドーEショップ3DSからアクセスできるオンラインストア)では新作ゲームのプロモ動画や、有野課長が主にバーチャルコンソール用ソフトに挑戦する「ゲームセンターCX」の動画が見られる。個人的には、ここの動画が一番有り難みもあり面白いと思うが、ストリーミングなので3DS本体に保存できない。
そして「いつの間にかテレビ」では日テレとフジテレビが提供する動画が見られる。動画は3DS本体に保存され、下画面に広告が表示される。私はもう見なくなって久しい。すいません。
そしてさらに今回の「ニンテンドービデオ」ではNHK吉本興業提供の動画が見られるという。『いつの間にかテレビ』と違って広告が表示されない。


ユーザーからすると、動画が見られる「チャンネル」が3つもできたことになる
すべてのチャンネルの動画を見てみたが、最後発の『ニンテンドービデオ』が意外と面白かった。NHKの番組を見慣れている人なら、初日に配信された「田畑智子さんのナレーション付きで一人称カメラが京都の街をうろうろする3D映像」でニヤニヤが止まらないはずだ。知らないけど。 ともあれ、日テレ・フジの『いつの間にテレビ』よりも、『ニンテンドービデオ』の方が若干期待できそうではある。


とはいうものの、YouTubeをはじめとする「ネット動画の海」に比べれば、質も量も食い足りないとしか言いようがない。そして、この3つのチャンネル(特に後者ふたつ)の役割は、どう考えてもかぶっている。それに、視聴者の母数の少なさを考えたら、なるべく統合したほうが広告の効果や使い勝手・利便性も上がるはずだ。「チャンネルを分けることで番組制作者の競争を促して番組の質を上げようとしている」とも考えにくい。ユーザーからすると、このバラバラのチャンネルを往来して自分の見たい動画を探すというのは、ものすごく不毛な作業のように感じる。


任天堂としては、「産業革命に突入したゲーム業界」を見据えた上で、スマートフォンソーシャルゲーム陣営とニンテンドー3DSとの差別化を図るために、NHKおよび民放のテレビ局からの映像コンテンツ提供の「独占契約」が欲しかったのかもしれない。だとすると、この取引で優位にあるのは任天堂ではなくテレビ局側だ。
で、動画を作っている方々には本当に申し訳ないけど、現時点での『いつの間にかテレビ』『ニンテンドービデオ』は、「われらテレビ局は任天堂にコンテンツを卸してますよ」と言うための「アリバイ作り」みたいに見える。しかもあんまり強くないアリバイである。「独占契約」がかかっているとはいえ、あれほどゲームソフトの質にも量にもうるさい任天堂が、この弱いアリバイの上に乗っかった動画コンテンツの売り込みに納得しているということが、私は不思議でならない。


私が今日『ニンテンドービデオ』の動画を見ながら思い出したのが、あの老夫婦コンビニの焼きそばの件であった。
私は、この3DSの動画チャンネルの乱立やコンテンツの「食い足りなさ」の理由が「経営下手」だから、だなんて考えたくはない。
とりあえず「任天堂の経営者がいい人だから、きっと売り込みを断れないんだよ」ということにしておきたいと思う次第だ。